初診日講座 第12回(最終回)|社会的治癒を理解すれば、初診日証明の可能性が広がる
障害年金における「初診日」は、受給できるかどうかを大きく左右する非常に重要なポイントです。
この連続講座では、初診日についての様々な取り扱いや証明の方法を、全12回にわたって詳しく解説してきました。
前回【第11回】では、発達障害や知的障害と、うつ病や統合失調症などの精神疾患が併発している場合の初診日の考え方を整理しました。
精神疾患では診断名が増えたり変わったりしても「同一疾病」の扱いが原則であること、例外的に「別疾病」として扱える場面もあることを具体例とともに解説していますので、まだご覧になっていない方はぜひそちらもご確認ください。
さて、初診日講座の最終回となる第12回は、「社会的治癒」についてお話しします。
社会的治癒は、うまく活用できれば、初診日を“有利に選べる”可能性がある、初診日証明の中でも強力な考え方のひとつです。
実務でも数多くの方を救ってきた「武器」として、ぜひ理解しておきましょう。
ただし、社会的治癒は第三者目線での判断が極めて重要です。
「自分は該当するはず」「認められたら有利」という気持ちが強くなるほど、都合の良い情報だけを切り取ってしまい、無理のある主張になってしまう危険があります。
そのため、社会的治癒を検討する場合は「相談」ではなく、可能ならば専門家に「依頼」した方がよいケースも多いという点は、あらかじめお伝えしておきます。
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社会的治癒とは?|「悪化後の再受診日」を初診日として扱える考え方
まず、障害年金における「社会的治癒」とは何なのかを整理します。
社会的治癒とは、医学的に完全に治っていなくても、いったん状態が改善し、治療の必要がなく、社会生活に支障なく生活や就労ができていたと判断できる場合に、悪化後の再受診日を初診日として扱えるという考え方です。
この考え方は、法令や認定基準に明文化されているわけではありません。
実務上、古くから認められてきた取り扱いであり、通達なども多くは存在しません。
ただし、国会で取り上げられたこともあり、審査側でも実際に認めてきている取り扱いとして、しっかり認識されています。
社会的治癒が認められるための条件(3つの要素)
社会的治癒が認められるために必要となる要素は、大きく分けて次の3つです。
- 症状が安定し、特段の治療の必要がないこと
- 自覚症状・他覚症状がほとんど見られず、就労や日常生活を通常どおり送れていること
- そのような状態が一定期間続いていること
そして「一定期間」の目安は一般的に5年とされます。
ただし傷病によっては10年と言われることもあり、5年未満なら絶対に無理、5年以上なら必ずOKという単純な話ではありません。
最終的には個別事情に応じて審査・判断されるものになります。
最重要ポイント|社会的治癒は「自分から主張しないと認められない」
社会的治癒を理解するうえで、実務上とても重要なポイントがあります。
社会的治癒は、審査側(保険者)が主張することは認められていません。
あくまでも請求人(手続きをする人)の利益を尊重するための概念なので、
自分から主張しなければ、審査側から教えてもらえることはありません。
つまり、社会的治癒を主張すれば年金額的にも有利になるのに、知らずに主張せずに手続きをしてしまっている方が実は多いということです。
これから手続きをされる方は、ここをぜひ押さえておいてください。
社会的治癒が認められると得られる5つのメリット
社会的治癒が認められることで、本来の初診日ではなく「再受診日」を初診日として扱えるようになり、次のようなメリットが生まれます。
① 保険料納付要件を満たせるようになる
本来の初診日だと保険料納付要件を満たせないが、再受診日を初診日とできれば納付要件を満たせる場合があります。
これはメリットが非常に大きく、社会的治癒が認められないと「そもそも権利が発生しない」ケースでは、トライするしか方法がないこともあります。
② 初診日証明ができない場合の“解決策”になる
本来初診日の医療機関が廃院・カルテ破棄などで証明できない場合でも、社会的治癒によって再受診日を初診日として認めてもらえることで、初診日証明の課題を解決できる場合があります。
③ 障害厚生年金で手続きできる可能性が出る
本来初診日が国民年金(障害基礎年金)でも、再受診日が厚生年金加入中であれば、障害厚生年金として手続きできるようになる可能性があります。
実務上、社会的治癒をトライする目的として最も多いのがこのパターンです。
④ 遡及請求(認定日請求)の可能性が広がる
社会的治癒により初診日が変わると、障害認定日も変わります。
その結果、これまで取得できなかった時期の診断書が取得できるようになり、遡及請求が可能になることがあります。
⑤ 年金額が増えることがある
本来初診日も再受診日も厚生年金加入中である場合、障害厚生年金の年金額は「障害認定日までの厚生年金加入状況」で決まります。
初診日が変われば加入状況も変わるため、年金額が増える可能性があります。
なお、これらのメリットが存在しないケースでは、あえて社会的治癒を主張する必要はありません。
社会的治癒は「主体的な有利選択」であり、メリットを意識したうえで主張するかどうかを判断します。
社会的治癒が認められやすい要素(実務上の傾向)
社会的治癒の3つの条件が前提として、実務上「認められやすくなる要素」として挙げられるのは次のような点です。
① 社会的治癒期間中の厚生年金加入期間が長い
社会的治癒期間が厚生年金加入期間であり、とくに一社で安定就労が継続している場合、
年金記録から「社会生活に支障なく就労できていた」ことが読み取れるため、非常に有利になりやすい傾向があります。
② 医師が「良くなって治療終了」等を証明してくれる
社会的治癒期間の前に通っていた医療機関の証明書取得は、手続き上必須ではありません。
しかし「寛解して治療終了」「症状は落ち着いて治療中断」など、明らかに改善していた情報が残っている場合、
社会的治癒を裏付ける重要資料となるため、取得できるなら取得したほうが有利です。
③ 社会生活に支障がなかったことを示す具体的事実がある
資格取得、就学、旅行、サークル活動など、一般的に見て「生活に支障が出ていない」と言えそうな出来事があれば、
状況に応じて主張の材料になります。
ただし、意味のない資料を大量に提出しても逆効果になる場合があります。
あくまでも第三者目線で「合理的な裏付け資料」を見極めることが重要です。
社会的治癒が認められた実例(2つのケース)
事例① 資料を多く提出して認められたケース
高校時代に精神科受診 → その後約8年の未受診期間中に就職 → 就職後に症状再燃し精神科受診、というケースです。
窓口では「過去受診があるからダメ」と門前払いに近い対応をされたため、社会的治癒で手続きしました。
提出した資料例としては、
- 大学の成績証明
- 資格取得が分かる資料
- 海外旅行の写真・パスポート
- 採用試験倍率が分かる資料
- 仕事で人前で発表していたことが分かる資料
これらを提出した結果、社会的治癒が認定され、20歳前障害基礎年金(事後重症)から、厚生年金で遡及まで認められました。
事例② 資料がなくても認められたケース
初診後に服薬により状態が安定し通院不要となり、約4年半の未受診期間 → その後症状再燃し同じ医療機関を再受診、というケースです。
参考資料は特に見当たりませんでしたが、未受診期間全体が厚生年金加入期間であったことが強みとなり、
受診状況等証明書・診断書・病歴就労状況等申立書のみで手続きを行い、社会的治癒が認められました。
結果として、再受診日を初診日とする厚生年金の遡及請求が認められています。
このように、社会的治癒は「必ず5年以上の未受診期間が必要」というわけでもなく、
「資料がないと認められない」というわけでもありません。
ただし、逆に「5年以上未受診でもダメ」「資料を付けてもダメ」というケースもあるため、一概には言えません。
社会的治癒での申立てのポイント|病歴・就労状況等申立書が最重要
社会的治癒を申し立てる際に最も重要となるのが、病歴・就労状況等申立書です。
作成の基本的な考え方は次のとおりです。
- 本来の発病・受診歴からすべてを時系列で記載する
- 社会的治癒を申し立てる期間は、枠をしっかり取り、「社会的治癒期間」と明記する
- 治療の必要がなく、通常の生活・就労ができていたことが分かるように記載する
- その後、どのような経緯で症状が再燃し、再受診に至ったのかも記載し、再受診へつなぐ
社会的治癒では、普段以上に申立書の影響が大きくなります。
社会的治癒の趣旨を理解したうえで、それに沿った内容を記載することが重要です。
また、年金請求書や申立書に記載する「初診日欄」には、社会的治癒による再受診日を記載します。
さらに、医師が同様の判断をしてくれる場合には、診断書の経過欄に「症状の安定や寛解の期間を経て再受診に至った」旨を記載してもらうと、審査上の信憑性が増すことがあります。
重要なのは、提出資料全体が客観的に見て整合性が取れていることです。
作成・提出前に、全体をよく見直していきましょう。
ここだけは注意|社会的治癒は「第三者目線」がないと失敗しやすい
社会的治癒の相談を受ける中で、よくある失敗パターンがあります。
それは、
「未受診期間がある」=「社会的治癒に該当する」
という誤解です。
未受診期間があったとしても、実態としては症状があり社会生活への支障が続いていたケースは少なくありません。
その状態で社会的治癒を無理に主張しようとすると、
- 申立書に嘘を書かなければ成立しない
- 事実どおり書くと結局認められない
ということになってしまいます。
社会的治癒は「治療を受けていなかったからOK」ではなく、
あくまでも「治療の必要性がなかった」「社会生活に支障がなかった」という実態があることが前提です。
そしてこの判断は、どうしても本人目線だけでは歪みやすくなります。
だからこそ、第三者の客観的視点を交えて検討することが重要です。
迷ったらどうする?|社会的治癒は“言ったもんがち”ではなく「主張しないと始まらない」
社会的治癒には、当然ながら審査期間が長くなるなどのデメリットが生じることもあります。
しかし、
- 社会的治癒に該当しそう
- メリットも明確にある
- 認められなかったらどうしようと不安
という場合には、迷わず主張して手続きをしてみることをおすすめします。
社会的治癒は主体的な有利選択です。
主張しなければ認められることはありませんし、主張しなかったことで認められることもありません。
そして、主張が認められなかった場合は、本来初診日に変更すればよいだけです。
不利な事実を隠さない限り、社会的治癒の有利選択は「主張する価値がある」ケースが多いのも事実です。
まとめ|社会的治癒は初診日証明の強力な武器。ただし慎重に。
今回は、初診日講座の最終回として、社会的治癒について詳しく解説しました。
- 社会的治癒とは、状態が改善して社会生活が安定していた期間がある場合に、再受診日を初診日として扱える考え方
- 認められるためには「治療不要」「支障なし」「一定期間」の3要素が必要
- 社会的治癒は審査側が主張することはなく、自分から主張しないと認められない
- 納付要件の解決、初診日証明の解決、障害厚生年金への切替、遡及可能性の拡大など、メリットが大きい
- 申立書が非常に重要で、第三者目線で整合性のある資料設計が必要
社会的治癒は、正しく活用できれば、初診日証明の可能性を大きく広げる手段です。
一方で、判断を誤ると成立しないばかりか、申立書の作成そのものが不自然になってしまう危険もあるため、慎重に検討することが大切です。
そして最後にあらためてお伝えしますが、初診日に関する制度上の取り扱いを正確に把握し、それを正しく活用するには一定の専門知識や客観的な視点が必要になります。
初診日の証明が難しい場合、判断に迷った場合には、できるだけ早めに専門家に相談することをおすすめします。
特に社会的治癒を検討する際は、相談の上で任せたほうがよいケースも多いため、よくご検討ください。
今回の講座を通して、一人でも初診日の課題を解決できる方がいれば、大変うれしく思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。






